乾いた匂い 

色町、ちょんの間、ハコモノ。ときめきの備忘録です

群馬にあったトルコ風呂 「北関東唯一の桃源境」も1年で幕

 

 

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赤線で囲まれたトルコ風呂の新聞広告

 

栃木県にあった「桐生ソープランド」に関する記事を前回書いた。「ソープ不毛地帯」の群馬県民向けのソープは、確かにあったのだ。それが分かっただけで、私は満足だ。

 

 

そう思っていたら、60年近く前の群馬県の地元紙に、こんな見出しの広告記事を見つけた。

 

「この世の桃源境 夢のトルコ風呂」

 

見出しに続いて、こう書いてある。

北関東に唯一の存在で自慢と誇りのトルコ風呂もホテル・ニュー前橋に併置されている。トルコ娘十二人がかゆいところへ手の届くサービス振りはまさに桃源境。一時間千円(サービス料、税込み)は決して高価なものではない。去年からオール自動のスチームボイラーもいれて愛用者を戸惑いさせることのないよう経営者の思いやりと心づかいが行なわれている。疲れた体をお湯につかったあとで、マッサージから洗い流しまでたっぷり一時間、あなたを夢現の世界へ誘ってくれるパラダイスともいえないだろうか。野暮なことは考える必要はない。態々東京まで旅費をつかって出かけなくとも、手近かなところに、こんなに楽しいトルコ風呂のあることを認識すべきであろう。


(1963年1月27日付) 

 

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トルコってこんな感じなんか

ご丁寧に、後ろ姿のトルコ嬢が写った浴室の写真も掲載されていた。

前橋にトルコ風呂があったのか。しかも北関東唯一と謳っている。

前回のような群馬の地名を冠する栃木のソープどころではない。
正真正銘の県内だ。

ただ、宿泊施設に併設されているというのが、今のソープランドとは大きく違う。この広告記事も、ホテルの運営会社が展開する他のホテルやボウリング場、レストランの紹介と並んで紹介されていた。

1963年といえば前回東京五輪の前年。トルコ風呂も今のプレイ形態になる前の時代だろう。エロさを匂わせてはいても、一線は守っていたのではなかろうか?一般紙に全面広告を打つくらいだし。

 と思っていたら、次の記事を見つけていすから転げ落ちた。

 

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前橋地検前橋市△△町旅館業××(三一)を風俗営業取締法違反、公衆浴場法違反の疑いで公判請求した。
(1963年12月27日付)

 

摘発されてるやん・・。

××は、経営者の男だ。

 

「『トルコ風呂』と称する浴室で、宿泊客でない不特定多数の外来客を従業員に接待させた」と、起訴の内容も書かれている。
この男、翌年2月の記事では、トルコ嬢に売春場所を提供したとして、売春防止法違反(場所提供)などの疑いで追送検されていた。記事によると、トルコ風呂があったのは、1962年10月~63年11月。わずか1年余りの間だ。かなりおおっぴらにやり、そしてすぐ潰されたのだろうか。

 

 

住宅地図で確かめたホテルニュー前橋の跡地を訪ねた。

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ホテルニュー前橋の跡地



中心街からやや離れた前橋市内の住宅街。

・・今はマンションが建ち、面影はない。

まかり間違えば、このあたりがソープ街になっていた可能性も・・。

いや、さすがにないだろうか。

 

前橋のトルコ風呂は短い歴史を終え、泡のように消えていた。

 

訪問日・・2020年11月


幻の桐生ソープランドを訪ねて

群馬にもソープランドがあった?
偶然見つけた記事に、少しだけときめいた話。

 

北関東かいわいの風俗に行く人には知られていることだが、群馬にはソープランドがない。
あるのはデリヘルやピンサロ。私の知る限りヘルスもない。
風俗の王様を体験したい群馬県民は、軽ワゴンをすっ飛ばして大宮や宇都宮へ行く。
今に始まったことではなく、昔からそうであるらしい。
群馬で育った私はそういう環境を「仕方ない」と思ってきた。

だが。

 

昔の群馬関係の新聞記事をあさっていると、こんな見出しの記事が目にとまった。

「女子従業員売春に ソープの個室提供」

内容は次のようなものだ。

栃木県警足利署は23日までに、売春防止法違反(場所提供)の疑いで、足利市小俣町の特殊浴場「桐生ソープランド」の店長××(56)=栃木県佐野市=と元店長××(52)=桐生市=の両容疑者を逮捕した。調べでは、店長は1月22日、元店長は昨年9月23日、それぞれ売春に使われることを知りながら個室を女性従業員に提供し、使用料として客1人当たり2060円を徴収していた疑い。

(上毛新聞 1994年2月24日) 

大半の人は見過ごしそうな小さな記事。しかし、私はたいへん興味をそそられた。桐生ソープランドという店名に。ソープ不毛地帯とされる群馬の地名を冠していることに。

 

今はもう、「桐生ソープランド」はない。
ネットでも、存在を裏付ける情報も見つからない。摘発後、すぐに閉店しているとすれば90年代半ば。当然かもしれない。

 

どこにあったか

店があったという足利市小俣町は、群馬県と接する地区のようだ。足利市中心部からは、だいぶ離れている。立地からすると、群馬の客をメインターゲットにしていたと思える。だからこその店名か。・・昔の住宅地図があれば場所を特定できるかもしれない。 

 

そう思い向かったのは足利市立図書館。
「昔の住宅地図が見たいんですが」
カウンターで申し出ると、職員の女性はすまなそうに告げた。
「今はできないんです」
感染症対策で、閉架資料の閲覧を一時的に制限しているらしい。
いつ再開するかも分からないと、女性は言った。

 

1週間後。私は栃木県立図書館にいた。
ここは住宅地図が閲覧可能なことを事前確認していた。

 

地図を見る前に、地元紙である下野新聞の縮刷版を開いた。
摘発時の詳しい情報が分かるのでは、と思ったが、期待は外れた。下野新聞もベタ記事で、新しい情報はなかった。
しかし、栃木のもう一つの地元紙・栃木新聞(廃刊)は比較的大きく扱っていた。

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桐生ソープランドの摘発を伝える記事(栃木新聞、1994年2月24日)


それによると、
①桐生ソープランドには少なくとも13人のソープ嬢がいた
②入浴料は5000円。ソープ嬢へのサービス料は1万2000円。
③栃木県内にはソープが23店あるが、摘発は10年ぶり。半年にわたり内偵を進めていた。

ということらしい。


捜査に着手した経緯は記されていない。
在籍13人というのは、それなりの規模といえるのではないか。

私は太田や桐生からやってきた男たちで混雑する待合室を想像した。

 

次に摘発を受けた94年の足利市の住宅地図を開いてみる。・・あった。
スーパーやガソリンスタンドが並ぶ市道沿いに、「ソープランド桐生」とある。

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店名は新聞記事と異なり「ソープランド桐生」

 

この図書館で一番古い76年の地図も確認する。
この時点で、すでに店は存在していた。
店名は「桐生トルコ」だ。

桐生トルコとして創業し、後に改称したのだろう。

 

95年、96年の地図にも店舗名は載っていた。だが、97年には店名が消えていた。そして99年の地図は建物そのものが消え、00年は別の建築物が表記されていた。

閉店は遅くとも97年。実際には摘発=即閉店だった可能性が高いだろう。あっけない・・私は嘆息した。


痕跡を探して

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店は★印あたりにあった


翌日。私は桐生ソープランドがあった場所に立っていた。

「なにか痕跡はないか・・」
そう思って周辺を歩く。

 

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このあたりか・・

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川があります

あやしいと思われたのか、民家の庭にいたおじさんから「こんにちは」とあいさつされた。少しどきどきしながら、あいさつを返す。

すぐに周りを一周してしまった。、、残念ながら、当時をしのばせるものは見つからなかった。

94年の地図にあったスーパーはコンビニに変わり、ガソリンスタンドは閉店していた。

 

  ◇  ◇  ◇

 

四半世紀前、足利のはずれにぽつんとあった、桐生を冠したソープランド。ネオンの輝きは、今はもう体験者の思い出だけにあるのだろうか。 

 

訪問日・・2020年10月